退職の手続きで、担当者が「面倒だな」と思うのがここです。
最後の給与から、社会保険料の本人負担分を引ききれない。
引ききれなかった分は、いったん会社が納めることになります。そのあとで本人に請求するのですが、退職して連絡が取りにくくなっていると、これがなかなか戻ってきません。
この記事では、なぜそんなことが起きるのかという仕組みと、回収の進め方、そして督促の書面(内容証明)を出すときの実務をまとめます。私は経理と一緒に労務も担当していて、退職の手続きも受け持ってきました。
なぜ、退職後に請求が残るのか
原因は、社会保険料の「かかる月」と「引く月」がずれていることです。
引く月のルール
健康保険料と厚生年金保険料は、前月分を当月の給与から差し引くのが原則です(健康保険法167条、厚生年金保険法84条)。
言葉だけだと分かりにくいので、「9月分の保険料」を例に、3つの月に分けて見てみます。
| 9月分の保険料はどうなるか | |
|---|---|
| 保険料がかかる月 | 9月 |
| 給与から引く月 | 10月に払う給与から引く |
| 会社が納める月 | 10月の末日までに、本人から預かった分と会社が負担する分をまとめて納める |
つまり会社は、10月末に納めるお金を、10月に払う給与から預かっているということです。引く月と納める月をそろえてあるので、こういう形になっています。
その結果、給与明細に出ている保険料は、いつも1か月前の分です。「今月分が引かれている」と思っていると、退職のときに計算が合わなくなります。
かかる月のルール
保険料がかかるかどうかは、資格喪失日で決まります。
- 資格喪失日 = 退職日の翌日
- 保険料は、資格喪失日の属する月の前月分までかかる
ここに、月末退職かどうかで大きな差が出ます。
| 退職日 | 資格喪失日 | その月の保険料 |
|---|---|---|
| 月末(例:9月30日) | 10月1日 | かかる |
| 月の途中(例:9月15日) | 9月16日 | かからない |
重なると、最後の給与で2か月分
月末退職の人の、最後の給与を考えます。
その給与からは、いつもどおり前月分が引かれます。それに加えて退職月分もかかるので、最後の給与から2か月分をまとめて引くことになります。
社会保険料の本人負担分は、それなりの金額です。それが2か月分です。しかも退職月は、住民税の一括徴収が重なることもあります(1月から5月の退職は原則として一括徴収)。
その結果、こうなります。
- 最後の給与が、思っていたよりずっと少ない
- そもそも給与の額が足りず、引ききれない
引ききれなかった本人負担分も、納付の期限は待ってくれません。会社はいったん全額を納めます。立て替えている状態です。
給与から何が引かれるのかは給与から引かれるものに、給与計算そのものの流れは給与計算業務とはにまとめています。
退職前にやっておくと、ほとんど防げます
回収でいちばん効くのは、実は督促ではありません。退職が決まった時点で説明しておくことです。
- 最後の給与から2か月分が引かれる可能性があること
- 住民税の一括徴収が重なる場合があること
- 引ききれない分は、あとで請求させてもらうこと
- 退職後の連絡先(本人が確実に受け取れる住所)
ここを口頭だけで済ませず、書面かメールで残しておくと、あとの話が早くなります。もめる原因のほとんどは、金額そのものより「聞いていない」だからです。
退職日を月末にするか、その前日にするかで結果が変わることも、本人に伝えておくと親切です。ただし退職日は本人と会社が決めるもので、保険料の都合で動かすものではありません。事実として伝えるところまでにしておきます。
回収の進め方
連絡がつかない、支払われない、という段階になったときの一般的な流れです。
ステップ1 請求書を送る
金額の内訳(何月分がいくら)と、振込先、支払期限を書いた請求書を送ります。
計算の根拠を1行ずつ示すのが大事です。「引ききれなかった分」とだけ書かれた請求書は、受け取った側が確かめようがありません。
ステップ2 連絡を取って、期日を決める
電話やメールで、届いているかを確認します。ここで払ってもらえれば、それで終わりです。
ただ、すぐには払えないと言われることもあります。そのときは「いつまでに、いくら」を決めて、そこまで待ちます。金額が大きければ、分けて払ってもらう相談もします。
この段階は、1回で終わるとはかぎりません。約束の日が来ても入金がなければ、また連絡して、また期日を決める。ここをくり返すことになります。
ステップ3 それでも動かないときに、内容証明
先に書いておきたいことがあります。内容証明は、すぐには出しません。
相手は、少し前まで一緒に働いていた人です。いきなり形式ばった書面を送れば、それだけで話が終わってしまいます。ふつうのやり方を出しきってからが順番です。
現場から経理歴22年・ゆるゴースト
実際に内容証明を出したときも、いきなりではありませんでした。そこに行きつくまでに、これだけのことをしています。
- 請求書を2回送った
- 電話とメールで、何度も連絡した
- 直接、話もした
そのたびに返ってきたのは、入金ではなく、いま払えない事情の説明でした。そのつど期日を決め直して、また待つ。それをくり返しました。
元は同じ職場にいた人です。強い書面を送るのは、気が重い作業でした。だから、できるところまでは普通に話をしたかったのだと思います。
そして、あるときから連絡がつかなくなりました。電話に出ない、メールの返事も来ない。ここで初めて内容証明です。
つまり内容証明を出したのは、払ってもらうためというより、ふつうのやり方が全部止まってしまったからでした。「払わないなら次はこれ」という順番ではなく、「もう話ができない」という状態になって、はじめて出すものだと思っています。
内容証明でできるのは、「いつ、誰が誰に、どんな内容の文書を送ったか」を郵便局に証明してもらうことです。それ自体に、相手を強制的に支払わせる力はありません。
それでも使う理由は2つあります。
- 送った事実と中身が残るので、あとの手続きの土台になる
- 受け取った側が、放置できないものとして扱ってくれる
また、ここまでの連絡した日と内容を記録に残しておくと、あとで役に立ちます。いつ請求書を送り、いつ電話をして、何と言われたか。書面を作るときも、その先に進むときも、この記録が土台になります。
ステップ4 それでも払われないとき
支払督促や少額訴訟といった手続きがあります。ただし、ここから先は会社としての判断と、法律の専門家の領域です。弁護士や、顧問の社労士に相談してください。
内容証明を出すときの実務
ここでつまずく人が多いので、分けて書きます。
内容証明は「文章を書けば出せる」ものではありません。書き方に決まった形があります。形が合っていないと、窓口で受け付けてもらえません。
字数と行数の決まり
日本郵便のきまりでは、1枚あたりの字数・行数が決まっています。次のどれかにそろえます。
| 書き方 | 1行の字数 | 1枚の行数 |
|---|---|---|
| 縦書き | 20字以内 | 26行以内 |
| 横書き① | 20字以内 | 26行以内 |
| 横書き② | 26字以内 | 20行以内 |
| 横書き③ | 13字以内 | 40行以内 |
字数と行数は、Wordのページ設定で決められます
ここを手で数えようとすると大変です。Wordなら、あらかじめ1行の字数と1枚の行数を決めておけます。
- 「レイアウト」タブを開く
- 「ページ設定」グループの右下にある小さなボタンを押す
- 「文字数と行数」タブを開く
- 「文字数と行数を指定する」を選ぶ
- 文字数と行数に、選んだ形の数字を入れる(横書き②なら26字・20行)
これで、書いているそばから形が決まります。
ただし、設定したとおりの字数にならないことがあります。Wordの画面では1行に収まって見えるのに、郵便局の数え方だと26字を超えている、という行です。出す前に数えるときは、次の2つを見てください。
① 行末の句読点が、枠の外にぶら下がっていないか
Wordには、行末に来た「。」「、」を枠の外に置く「句読点のぶら下げ」という機能があります。これが効いていると、見た目は26字でも、実際は27字です。直したい範囲を選んでから、「ホーム」タブ →「段落」グループの右下の小さなボタン →「体裁」タブを開き、「句読点のぶら下げを行う」のチェックが入っていないかを確認してください。入っていたら外します。
② 半角の数字や英字が混ざっていないか
字数を指定すると、Wordは全角1文字ぶんのマス目を並べて文章を流し込みます。ところが半角は幅が半分なので、1行に26字より多く入ってしまいます。金額や日付を半角で打っていると、ここでずれます。数字と英字を全角にそろえると、見た目と字数が一致します。
※フォントの種類やサイズ、余白によっては、指定した数字が入らないことがあります。そのときは余白を広めにするか、文字を小さくすると入ります。
字数の数え方(郵便局のルール)
「1字」の数え方には決まりがあります。知らないと、多く数えて損をします。
- 記号は、1個で1字
- かっこは、開きと閉じで合わせて1字。開きかっこのある行に数えます
- ①②のような順番を示す記号は、丸ごとで1字
- 文字に傍点や下線を付けたものは、まとめて1字
- 行間や文字と文字の間の空白は、数えなくてよい
とくにかっこは、Wordの見た目より1字ぶん余裕が出ます。ぎりぎりの行があるときは、ここで助かることがあります。
そのほかの決まりごと
- 同じ内容の文書を3通用意する(相手に送るもの、自分の控え、郵便局が保管するもの)
- 文書に差出人と受取人の住所・氏名を書き、封筒と同じにする
- 2枚以上になったら、つづり目に印を押す(契印。割り印と呼ばれることも多いです)
- 押すはんこの種類に決まりはありません(会社なら角印でも代表者印でも構わないとされています)
- 訂正には決まったやり方がある
窓口では、その場で数えられます
郵便局の窓口に出すと、局員さんがその場で字数と行数を確認します。1行でもはみ出していれば、そこで差し戻しです。
出す前に、自分で1行ずつ数えておくことをおすすめします。
※きまりは変わることがあります。出す前に必ず日本郵便のページで最新のものを確認してください。
現場から経理歴22年・ゆるゴースト
はじめて内容証明を作ったとき、わたしはこう思っていました。「文章さえ作れば、あとは郵便局がやってくれる」。文面を作って、読み返して、これでOK。はんこはいるのかな、コピーもいるのかな、くらいの気持ちで、そのまま出かけようとしていました。
念のため調べたら、知らない言葉が並んでいました。字数、行数、縦書きか横書きか、複数枚になると割り印。……割り印って何、というところからでした。出かけるのをやめて、椅子に座り直しました。
そこからは、形をそろえる作業です。1行26字・20行に、どうやって効率よくそろえるのか。ここが分からず、AIに聞きました。答えは「Wordのページ設定で、先に字数と行数を決めておけばいい」。それだけでした。
年に一度あるかないかの作業は、社内に聞ける人がいません。前にやった人が辞めていることもあります。こういうときにAIは効きます。ただし手順は教えてくれても、正しいかどうかは保証してくれません。字数と行数の決まりそのものは、日本郵便のページで確かめました。
横書きで1行26字・20行におさめ、差出人と受取人を封筒とそろえ、2枚になったのでホッチキスでとめて、つづり目にはんこ。最後まで迷ったのは、角印なのか丸印なのかでした。これも出かける前に調べて、どちらでも構わないと分かりました。
文章を書く時間より、形をそろえる時間のほうが長かったです。
窓口では、本当にその場で数えられました。カウンター越しに1行ずつ目で追われていくのを、黙って立ったまま、心の中で一緒に数えていました。26、26、26……。通ったときは、ほっとして少しふわふわしました。
事務の仕事には、こういう「何年かに一度」がときどき来ます。回数が少ないものほど、誰も教えてくれません。あのとき危なかったのは文章の中身ではなく、確認せずに出かけようとしたことでした。調べたのは10分ほどです。それを知らないだけで、半日つぶれるところでした。
副業で給与計算を受ける人へ
退職者が出る月には、この論点がほぼ必ず出てきます。締めの前に確認しておきたいのは、この3つです。
- 退職日は月末か、それより前か
- 最後の給与から、何月分と何月分を引くのか
- 引ききれない場合、誰がいつ本人に連絡するのか
そのうえで、大事な線引きがあります。
退職者への請求や督促は、会社が自社の債権について行うものです。受託者が会社の代わりに取り立てを行うことは、業務の範囲を超える可能性があります。計算と資料の作成までにとどめ、請求そのものは会社にやってもらう。ここは最初に決めておいてください。
どこまで受けられるかは経理副業はどこまでできる?税理士法・社労士法の境界線にまとめています。労務の経験を副業にする話は労務の経験を活かせる副業へ。
まとめ
- 保険料は「前月分を当月給与から引く」のが原則。だから退職月にずれが出る
- 月末退職だと、最後の給与から2か月分を引くことになる
- 引ききれなければ会社が立て替え、あとから本人に請求することになる
- いちばん効くのは、退職前の説明。書面かメールで残しておく
- 内容証明はすぐに出すものではない。請求書・電話・面談を出しきって、連絡がつかなくなってから
- 連絡した日と内容を記録に残しておくと、あとの手続きで効いてくる
- 督促に使う内容証明は、字数・行数・つづり目の印など形の決まりがある
- 支払督促や訴訟に進むなら、弁護士・社労士に相談する
制度の細かい取り扱いは、加入している健康保険の種類や会社の給与規程によって変わります。個別の判断は、年金事務所や社労士に確認してください。
参考・出典(公的機関のサイト)
※本記事は筆者の実務経験に基づく一般的な内容であり、個別の判断を保証するものではありません。社会保険の取り扱いは制度改正や加入先によって変わります。内容証明の様式は日本郵便の最新の案内を、保険料の判断は年金事務所・社労士をご確認ください。2026年9月時点の情報に基づきます。
